プロフィール

古 山 由 晴
Yoshiharu Furuyama

 

1980年 東京都大田区生まれ

3人兄妹の真ん中、古山家の長男(兄が母方の家系を継いだため)として誕生。幼少時、戦前生まれ(昭8)の父に戦争体験談を聞いて衝撃を受ける。自分の「今」が当たり前ではないということが、その後の人生観の柱に。
下町の祭り大好きっこ。塾や家庭教師をつけて目指した中学受験、小6夏からついて行けず落ちこぼれる。

 

20181229_184829494_iOS.jpg

小学生低学年ころ、9つ上の兄と

 

三メガネのまじめっこ。一転して中学入学より不良少年に。16歳で暴走族の23代目総長。抗争の激化する当時の都内、100人ほどの乱闘で仲間の死を経験する。鑑別所2回、少年院1回を経て18歳の誕生日を塀の中で迎える。
少年院を仮退院ののち、家族の猛反対により帰郷せずに静岡県で就職。知人友人の誰一人いない土地で孤独に陥り、人生を考える日々を送る。いつしかやり直しを深く決意。ひたすらに業務へ情熱を注ぎ、職務に生きがいを見出す。

 

から贈られた成人祝いのパソコンを独学で学び、のちに社内デザイナーを兼務するまでになる。知欲に目覚め無学を悔やむ。多くを独学で学び、グループ会社内でも早期の21歳で役職に就く。駆け足でキャリアを積み重ね、業績向上に大きく貢献する。教育指導(接遇、リーダーシップ、コーチング等)から企画立案、広告宣伝から新規事業立ち上げ、総合的なマネジメントに尽くし、最終的に勤続14年を勤める。

 

24歳、4度目の転勤で豊橋市へ。生活も安定し、この頃ほどから幼少期にきっかけを持つ、自らの生き方、授かった自身の命の使い道を深く考え始める。これまでの人生で出会った人々からの恩、家族や先人より享受した恩に報いるため、地域や子孫の未来のために命を尽くすという志を明確にする。

 

息子、4歳から豊橋っこ。血の通わない義理の親子、しかし心の実子。鷹丘小、東陵中を経て豊橋工業高校卒。明るくて誰からも慕われる青年に育つ。

 

20181104_082201133_iOS.jpg

H30年 豊橋工業高校の文化祭。息子と共に。

 

32歳で想い極まり国会議員事務所の門をたたく。地元代議士に地域密着の政治を学ぶ。田原市担当として渥美半島を走り回る。じつに多くの人々とふれあい、農漁業の現実を学ぶ。


572B0895-EFB3-4807-A8A9-76CDCBD86743.jpegH24年 代議士の初当選。ポスター貼付け
作業中に高所から落下し、名誉の骨折。

 

縁あり石巻西川町の森重造園土木㈱へ。昔取った杵柄、少年院で取得した重機の資格が活きる。監督業務を務めるとともに以前の職で培った経営マネジメント力を活かす。デフレによる業績悪化、少子高齢化による後継者不足、中小零細の建設業界に於ける人材不足等の課題を肌身で学ぶ。


ケーブルTV「ティーズ」会社紹介(本人あり)

 20181009_020315000_iOS.jpg

H30 台風による倒木の伐採中。飯村町にて。

 

2016年に経営企画室長、2018年より専務取締役。志の手段として選挙出馬を決意、2019年統一地方選にて豊橋市議会議員選挙に初出馬、惜敗。
業務に尽くす一方で自治会等の地域活動に励み、捲土重来を期して学びを深める。

現在に至る。

 

学歴・資格など

都立大森高校中退。

高卒認定試験(旧・大検)を経て
法政大学法学部法律学科に在学中。

自民党愛知政治大学院11期修了。
* 今枝宗一郎衆議、杉浦正和県議と同期。

防災士。とよはし防災リーダー。

 

政治観と所属政党

保守主義、自由民主党

  

その他所属・役職等

鷹丘校区自治会 理事
西小鷹野町自治会 副会長
小鷹野神明社 第17代 氏子総代
手筒花火成年会 西友会 会員
鷹丘校区遺族会 役員
NPO吉田城復元築城をめざす会 理事
参議院議員佐藤まさひさ後援会東三河 事務局長
豊橋建国記念の日奉祝実行委員会 委員
法政大学OB会 オレンジ倶楽部 幹事
豊橋陸軍墓地清掃奉仕会 代表
東三河の教育を考える会 主宰
衆議院議員根本ゆきのり後援会 会員
愛知県倫理法人会豊橋南支部 会員
豊橋商工会議所青年部 会員
社団法人隊友会 特別会員
日本会議愛知県本部 会員
靖国神社崇敬奉賛会 会員
砥鹿神社崇敬会 会員
憲法一条ノ会 オピニオンリーダー
自衛隊愛知地本 豊橋市 自衛官募集相談員
豊橋市 防災リーダー
日本防災士機構 防災士
鷹丘校区 青パト隊 隊員
県立豊橋工業高等学校 H30年度PTA会長

 

座右の銘

義を見てせざるは勇無き也
苦しい、疲れた、もうやめたでは、人の命は救えない

 

スポーツ

剣道

 

家族

妻・猫(レオ♂・ソク♂)