プロフィール

豊橋在住15年。
まわり道して生きてきました。

 

1980(昭55)年5月17日

東京都大田区生まれ

 

【 生き方のきっかけ 】3人兄妹の真ん中、古山家の長男(兄が母方の家系を継いだため)として生まれる。幼少時、戦前生まれ(昭8)の父に戦争体験談を聞いて衝撃を受ける。自分の「今」が当たり前ではないということが、その後の人生観の柱となる。下町の祭り大好きっこ。塾や家庭教師をつけて目指した中学受験、小6夏からついて行けず落ちこぼれる。

 

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小学生低学年ころ、9つ上の兄と

 

【 人生を左右させた大脱線 】七三メガネのまじめっこ、中学一年から一転して大脱線、不良少年に。わずかに誤れば今生きていなかったといえる時期を過ごす。鑑別所2回、少年院1回を経て18歳の誕生日を塀の中で迎える。

  

【 自業自得のまわり道 】更生して仮退院ののち、家族等から帰郷を猛反対され静岡県で就職。18歳、知らない土地で独り、やり直しを深く決意する。ひたすらに業務へ情熱を注ぎ、職務に生きがいを見出す。

  

【 自分を変えると未来が変わった 】兄から贈られた成人祝いのパソコンを独学で学び、のちに社内デザイナーを兼務するまでになる。このほか様々なことを独学で学び、21歳で役職に就く。以後一貫してキャリアを積み重ね、業績向上に大きく貢献する。教育指導(接遇、リーダーシップ、コーチング等)や企画立案、広告宣伝から新規事業立ち上げ、総合的なマネジメントにつくして勤続14年を勤める。

 

2004年

【 思い出した初志 】24歳、4回目の転勤で豊橋市へ。豊橋が第2の故郷となる。生活も安定し、この頃ほどから幼少期にきっかけを持つ、自らの生き方、授かった自分の命の使い方を深く考えるようになる。そして、地域のため、未来のために命を尽くしたいという想いを強くする。

 

【 未来への希望 】息子4歳から豊橋っこ。鷹丘小、東陵中を経て豊橋工業高校。明るくて誰からも慕われる青年に育ってくれました。

 

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H30年 豊橋工業高校の文化祭。息子と共に。

バンド活躍中。ファンが沢山いるようです。

 

2012年

【 今は人生で最も若いことに気付く 】32歳で想い極まり国会議員事務所の門をたたく。地元代議士に地域密着の政治を学ぶ。田原市担当として渥美半島を走り回る。じつに多くの人々とふれあい、農漁業の現実を学ぶ。


572B0895-EFB3-4807-A8A9-76CDCBD86743.jpegH24年 代議士の初当選。ポスター貼付け

作業中に高所から落下し、名誉の骨折。

 

2015年

【 連鎖する奇跡的な出会い 】ご縁あって石巻西川町の森重造園土木㈱へ入社。現場代理人として監督業務をはじめ作業にも携わる。


ケーブルTV「ティーズ」紹介(本人出ています)

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H30 台風による倒木の伐採中。飯村町にて。

 

2016年に経営企画室長。2018年より専務取締役。2019年3月に役員辞職。現在38歳。

 

学歴・資格など

都立大森高校中退。

高卒認定試験(旧・大検)を経て

法政大学法学部法律学科に在学中。

自民党愛知政治大学院11期修了。
* 今枝宗一郎衆議、杉浦正和県議と同期。

防災士。とよはし防災リーダー。

 

政治観と支持政党

保守主義、自由民主党

  

所属など

H30豊橋工業高校PTA 会長

豊橋商工会青年部 会員

西小鷹野町成年会 西友会 会員
* 手筒花火、お祭り等の成年会

豊橋市遺族連合会 鷹丘校区会員
* 先の大戦における戦没者の遺族会

社団法人隊友会 特別会員
* 国民と自衛隊の架け橋、自衛隊のOB会

NPO吉田城復元築城をめざす会 会員
* 豊橋市、吉田城の復元をめざす会

豊橋陸軍墓地清掃奉仕会 事務局長
* 東田町、陸軍墓地の清掃ボランティア

佐藤正久を後援する東三河の会 事務局長
* 自民党、佐藤正久参議の地方後援会

東三河の教育を考える会 代表
* 教育を始めとした国柄を支える会 

憲法一条の会 会員
* 憲法一条(象徴天皇)を護る会

 

座右の銘

義を見てせざるは勇無きなり

苦しい、疲れた、もうやめたでは、人の命は救えない

 

スポーツ

剣道

 

趣味

猫を愛でる(生き物大好き)